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Eternal EDGE

'66 FORD MUSTANG

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2012/01/23

マスタングメイン

CAR HISTORY:斬新な戦略で成功を収めた、時代を代表する傑作車
手の出しやすい価格帯、スポーツ性能、斬新でスタイリッシュなデザインと、それまでの常識を覆す戦略で大ヒット作となった初代マスタング。1964年のデビュー時はクーペとコンバーチブルの2種類で、1965年から特徴的なルーフラインを持つファストバックを追加。エンジン、トランスミッション、快適装備など、あらゆることが選択可能な「フルチョイスシステム」を採ったことも大ヒットの要因となった。以後、同じ手法、同じカテゴリーのライバルが登場し、「スペシャリティカー」という新しいジャンルを作り出した。

SPECIFICATIONS:フォード マスタング
LENGTH:4612㎜ /// WIDTH:1732㎜ /// HEIGHT:1298㎜ /// WEIGHT:1270㎏ /// WHEELBASE:2745㎜
ENGINE:V8 OHV /// DISPLACEMENT:4930㏄

車には「憧れ」が大事だと教えてくれる車だね

マスタングステアリング
マスタングリア
マスタングインパネ
マスタングフロント

用語解説

*1 男と女
1966年に公開されたフランス映画。マスタングの人気を飛躍的に高めた作品として、車好きから今も愛されている名画。名監督クロード・ルルーシュの出世作となった

*2 リー・アイアコッカ
1946年にフォードに入社。1960年には副社長に就任し、開発責任者としてマスタングの製造に携わる。T型フォード以来の大ヒットとなった

*3 ブリッド
スティーブ・マックィーンがマスタングGT390で激しいカーチェイスを繰り広げる名画で、カーアクションは実際に猛スピードで走らせて撮影。マックィーンの代表作となった

*4 GT40
1964年に登場した伝説のレーシングモデル。正式名称は「フォードGT」で、GT40は車高が40インチだったことに由来する。ル・マン4連覇など数々の輝かしい戦歴を誇っている

徳大寺 今日見に行くお店はどこだ?

松本 "BUBU横浜"さんです。前に初期型のカマロを見に行った1960年代のアメ車が揃ったお店ですよ。

徳大寺 よく覚えているよ。アメリカ車を熱心に集めているお店は貴重だからな。

松本 今回はそのBUBU横浜さんにある、フォード マスタングです。

徳大寺 楽しみだな。ところで前にここで見た初期型のカマロあっただろう。GMがカマロを作ったのは、マスタングが空前の大ヒットとなって慌ててマスタング風なモデルを作ったんだ。だけど本家本元のマスタングのほうがネームバリューが轟いているのは君も知ってるだろ。

松本 もちろんです。子供の頃は"ムスタング"と言っていましたね。実は我が家にもあったんですよ。コンバーチブルで白いマスタングが。おそらく1965年の初期型じゃないかと。ATのセレクターレバーとダッシュボードの間に純正のクーラーも付いていて、吹き出し口も格好良かったのをよく覚えています。

徳大寺 当時はクーラー付きというだけでも「すごい」という時代だったからね。マスタングはさまざまな装備を自由に選べるフルチョイスシステムを採用していたんだよ。車両の本体価格を抑えて購買意欲を誘う戦略だな。単なるレトロフィットではなくマスタング専用の純正オプションを豊富に揃えてユーザーの細かな要望に応えたんだ。これを参考にして、後にトヨタがセリカで同じ方式を採っていたね。

松本 現在、さまざまな仕様の車がある理由はそこにある訳ですからね。さて、こちらが今回の車です。1966年式の初代マスタングクーペ。横にももう一台、ワンオーナーのリペイントされていないクーペがありますね。こっちもオリジナリティが高くていい感じです。

徳大寺 マスタングと言えば、やっぱり1964年から1967、1968年までのファーストシリーズだろう。綺麗な赤だな。「男と女(*1)」に出てたマスタングも赤だったよな。

松本 ですね。1964年当時発売と同時に2万台のオーダーが入ったと言われるだけあって今見ても独自のカッコ良さがありますね。マスタングの開発責任者である"リー・アイアコッカ(*2)"は、後にフォード社の社長になりますが「商品が良ければ、優れたマーケッターは必要ない!」と言っています。

徳大寺 その後アイアコッカはクライスラーの社長に就任してクライスラーを救ったんだ。すごい男だよ。その豪腕が作ったマスタングは1年間で約42万台が販売されたんだ。

松本 マスタングには3種類のバリエーションがありますね。販売当時の1964年に2ドアハードトップクーペ、これが今回の車ですね。そしてコンバーチブル、1965年からは映画「ブリッド(*3)」やシェルビーGT350でもおなじみのファストバックも追加されたんですね。

徳大寺 僕は1966年、GT350を作ったキャロル・シェルビーに会いにアメリカに行って、フォードの招待でル・マン24時間を見に行ったんだ。

松本 夢のような話ですね。その時にパリでGT40に乗ったというのは本当ですか?

徳大寺 本当だよ。当時、フォードはル・マンに8台のワークスGT40(*4)を出場させたんだけど、そのときはヘンリー・フォード2世もイタリア人の奥さんと一緒だったんだ。フォードは1〜3位まで独占して宿敵フェラーリに勝つことが出来た。このGT40は純レーシングカーだからね。発表当時の1964年はマスタングのV8と同じブロックで289キュービックインチ(4.7ℓ)の排気量でチューニングされたんだ。だからマスタングの289は由緒正しいんだよ。

松本 なるほど。発売当時のマスタングは2.8ℓ直列6気筒と4.3ℓV型8気筒がありましたね。

徳大寺 エンジンのバリエーションもそうだけど、ブレーキもディスクブレーキ、センターコンソールといった細かいところまでチョイスが可能だったんだ。フロントグリルの内側にフォグランプが付いたモデルもあって確かGTフォグランプだったかな。

松本 映画「男と女」はマスタングのためにある映画ですけど、これに出てたマスタングのコンバーチブルは恐らくGTコンバーチブルだと思います。ドア下の部分にGT専用のデカールが張ってありますからね。

徳大寺 君も好きだな(笑)。フォードはこの映画に感謝しなくちゃな。車は人の憧れを作らなくてはいけないんだよ。今も、これからの車もそのことを忘れてはいけないんだ。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

BUBU横浜
販売店名 BUBU横浜
所在地 神奈川県横浜市緑区霧が丘5-1-5
営業時間 10:00〜19:00
定休日 年中無休
TEL 045-923-0077

アストンマーチン DB6

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/12/21

アストンマーチン DB6

CAR HISTORY:日本にも僅かに現存するDBシリーズのスタンダードモデル
DB4、DB5と続くシリーズの完成形とも言えるモデル。ホイールベース、全長を延ばして居住性の向上を図り、空力的アドバンテージが証明されていたテールデザインを採用するなど、様々な新技術を採用。スタンダードモデルはDB5と同じエンジンを搭載するが、ヴァンテージは325psにまで高めたユニットを搭載、差別化が図られた。またこのDB6からドロップヘッドクーペに「ボランテ」という名前が付けられており、その名前は今現在も継承されている。シリーズ累計での生産台数は約1300台。日本にも数えるほどしか存在しない希少車である。

SPECIFICATIONS:アストンマーティン DB6
LENGTH:4620㎜ /// WIDTH:1670㎜ /// HEIGHT:1360㎜ WEIGHT:1474kg /// WHEELBASE:2580㎜
ENGINE:IN LINE6 DOHC /// DISPLACEMENT:3995cc POWER:286ps/5500rpm /// TORQUE:39.8kg-m/3850rpm

かつては巨匠も所有した世界的に有名な英国GT

DB6エンジン
DB6リア
DB6フロント
DB6インパネ

用語解説

*1 DB4GT
1960年にDB4をベースにして作られたエボリューションモデル。軽いボディとパワフルなエンジンを備え、数々のレースに参戦。輝かしい戦績を誇った。DBシリーズの最高傑作車

*2 DB5
007シリーズの「ゴールドフィンガー」と「サンダーボール作戦」にボンドカーとして登場したDB6の一つ前のモデル。バランスの良さはシリーズ1と言われ、現在も人気は非常に高い

*3 カロッツェリア・トゥーリング
1926年に設立された名門コーチビルダー。デザイン会社であると同時に自動車製造業も行い、数多くの名車に携わる。同社が生み出したスーパーレッジェーラ構造はあまりにも有名

*4 Superleggera(スーパーレッジェーラ)
イタリア語で「軽量」を意味する車体工法。小径鋼管のマルチチューブラーフレームやアルミ薄板などを組み合わせる製法で、非常に軽量なボディを作ることができた

徳大寺 今日はアストンマーティンなんだろう?ヴィンテージエッジに相応しいアストンといえばDB4GT(*1)かDB5(*2)といったところだろう。特にDB4GTはとにかくカッコいいよ。

松本 巨匠、DB4GTはイタリアのカロッツェリア・トゥーリング(*3)製で僅か75台程度ですから、まぁなかなかお目にかかれませんよ。

徳大寺 だろうな。いまやこの手のモデルは引っ張りだこだから。でもDB5あたりはありそうだけどな。

松本 DB5もボンドカーとしてメジャーですからね。そりゃDB4GTに比べれば桁違いに多く製造していますし、イベントなどで見ることもありますね。そういえば、ボンドカーを運転したことがあるって聞いたんですが、本当ですか?

徳大寺 ホントだよ。僕が一番長く乗っていたんじゃないかな。たしか1965年の11月にプロモーションで日本に持って来てね。それで借りてたんだよ。リアウインドウとトランクの間から出て来る防弾スクリーンを上げたり、センタ-ロックのスピンナーから刃物が出てきたり。ゴールドフィンガーでマスタングの横をギザギザに裂いちゃった、あれだよ。まぁプロモーションとはいえ実に精巧なDB5だったな。

松本 DB5は1963年にアナウンスされ65年までの2年間で1000台と少し生産されました。ボディはカロッツェリア・トゥーリングでボンネットに刻まれたSuperleggera(スーパーレッジェーラ)(*4)のロゴは現在、ファッションの世界でも使われていますね。

徳大寺 カロッツェリア・トゥーリングという会社はカッコいいモデルを多く作ったんだ。アストンはトゥーリング社のおかげで現在の地位を築いたと言ってもいいぐらいだよ。ところで今日見に行くモデルは?

松本 アストンマーティンDB6ですね。前にEタイプを見に行ったワイズさんの車です。

徳大寺 そうか、DB6はトゥーリング社が手がけた黄金時代の最後のアストンと言ってもいいだろう。DBシリーズはDB2、3とあるけど、大幅にリファインされてスタイリッシュに登場したのがDB4からなんだ。まずエンジンは、以前はW.O.ベントレーが設計した6気筒を搭載していたんだけど、DB4からは次世代を見据えて設計されたオールアルミブロックのDOHC6気筒を搭載することになったんだ。

松本 W.O.ベントレーのエンジンは魅力的でしたが、60年代のスポーツカーにはさすがに厳しかったようですね。このDB4から搭載されたエンジンは、ル・マンでワークスカーに搭載したDBR2をディチューンしたものだそうですね。

徳大寺 そうだよ。本当のスポーツカーやGTと呼ばれる車は本物を使う。量産エンジンをチューニングして搭載して出来上がり、なんていうお茶を濁すようなことはやらない。

松本 エンジンもそうですが、ボディもやはり大事ですね。カロッツェリア・トゥーリングのスーパーレッジェーラは、まず剛性の高いメインフロアボディに小径の鋼管を溶接して造り上げ、メインフレームを造るそうです。そしてアルミボディを鋼管に巻き付けてシャシーとボディを接合させる、特別な製造方法を採っているんですね。利点は何と言っても軽量化。それがSuperleggeraなのですから。しかもアストンの顔でもある"セヴン・バーチカル・バー"と呼ばれるグリルもDB4のシリーズ4から採用され、現在のイメージに結びついているわけです。

徳大寺 実はDB5は所有しなかったけれど、DB6は乗ってたよ。あれはあれでカッコイイんだ。しかも僕のはヴァンテージだから3連SUキャブ。ノーマルに比べてウェーバー3連だからパワーはあったな。DB5の時代とはボディの造り方が少々違うようだけど、ボンネットには一応Superleggeraのエンブレムが入っていたよ。

松本 巨匠の乗っていたアストンはDBSだと思っていましたよ。DB6も乗っていたんですね。しかもヴァンテージ。DB6はおよそ4Lから282bhp(ブリティッシュホースパワー)を発揮していましたが、ヴァンテージはこれが325bhpですから、そうとうチューニングも高くなっているわけです。

徳大寺 GTにありがちな申し訳程度のリアシートではないのもいいんだ。しっかり4人乗れるGTというところも魅力的なんだよ。

松本 さすがアストン、さすがDB6ですね。

徳大寺 そうだね。DB4、DB5、もそりゃカッコいいけど、DB6のリアデザインは、当時のレースからフィードバックして作られた実際に高速で走行することを考えたものなんだ。まさに本物のグランツーリズモと言えるだろうね。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

BMW 6シリーズ 635CSi

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/11/24

BMW 6シリーズ 635CSi

CAR HISTORY:BMWの洗練されたイメージを牽引した美しきクーペ
1976年から89年まで製造された6シリーズ(E24型)は、その見事なスタイリングにより「世界で最も美しいクーペ」と賞賛を受ける。78年に追加されたハイパフォーマンスモデルが635CSiだ。専用の3.5Lエンジンやエクステリア、スムーズでパワフルなエンジンが与えられ、世界中から賞賛を浴びた。83年にはM1に搭載していたM88エンジンを積んだM635CSiも登場している。今回の車両はエンジンやミッションなどをオーバーホールし、タイヤまでオリジナルにこだわった一台。

SPECIFICATIONS:BMW 635 CSi
LENGTH:4815㎜ /// WIDTH:1740㎜ /// HEIGHT:1365㎜ /// WEIGHT:1580kg /// WHEELBASE:2630mm
ENGINE:IN LINE6 DOHC /// DISPLACEMENT:3430cc /// POWER:211ps/5700rpm /// TORQUE:31.1kg-m/4000rpm

自動車史に燦然と輝く世界で最も華麗なクーペ

BMW 6シリーズ 635CSi エンジン
BMW 6シリーズ 635CSi リア
BMW 6シリーズ 635CSi インパネ
BMW 6シリーズ 635CSi シート

用語解説

*1 M88
BMW初のスーパーカーM1に積まれていた直列6気筒のM88ユニット。277ps/6500rpmという出力を誇り、その軽やかな回転フィールから今も名機として語り継がれている

*2 M635CSi
1983年に追加されたスポーツモデルでエンジンには上記のM88ユニットを搭載。最高出力286ps、最高速度280km/hを誇り、立場としてはE24型のM6と呼べる存在であった

*3 カルマン社
1901年に設立されたドイツのコーチビルダー。フォルクスワーゲンカルマンギアの成功により地位を確立。現在はオープンモデルのコーチビルダーとして多くのモデルに携わる

*4 ベルトーネ
コーチビルダーとしての顔をもつイタリアのデザインスタジオ。ランボルギーニのミウラやカウンタックなど数々の名作を世に送り出してきた。現在は残念ながらその活動を停止している

徳大寺 今回はBMWだね。BMWっていう会社は上品だな。しゃしゃり出ないところがいい。アンダーステイトメントっていうのかな。

松本ドイツ車はエンジニアの我々が“一番”という気持ちが自動車に表れがちですが、BMWは控えめなメーカーですね。その傲慢にも見えてしまう自我を上手に抑えていると思います。

徳大寺 そうなんだよな。BMWは戦後すぐ501や502といった大型の高級サルーンを作った。V型8気筒は戦後のドイツメーカーとしては一番早かったんじゃないか。6気筒と8気筒にエスタブリッシュメントを感じるのは、BMWのそういう歴史があるからなんだ。

松本 BMWはエンジンメーカーですから、他のドイツメーカーとは一線を画しているのは間違いありません。主力機関でもある原動機を作り自動車を作り込んできているのですから、その辺りには社員全員が自信や自負をもっているのでしょうね。

徳大寺 そうだね。ところで今回はBMWのどのモデルを見に行くんだ?

松本 デビューした時、世界一美しいクーペと賞賛されたモデルですよ。

徳大寺 そこまで言えば車好きならすぐ分かるだろう。633CSiか635CSiだろうな。まあ純血のレーシングユニットM88(※1)を搭載したM635CSi(※2)もあるけどな。

松本 今回は普通の635CSiですね。

徳大寺 普通の635CSiなんて言っちゃいけないだろう。1976年にデビューしたときは633CSiといって6気筒SOHCの3210ccのユニットだったんだ。もちろん“ i ”という表記があるようにボッシュのLジェトロのインジェクション仕様。633CSiが本国仕様で200馬力だったと思う。BMWの直列6気筒はとにかくスムーズなんだよ。ガサツじゃないんだ。その後ハイパワー版として635CSiが登場するんだが、218馬力でずいぶん印象が違ったな。

松本 しかしBMWになると巨匠は語りますね。僕も知ってますよ。この6気筒がとてもスムーズで品が良いことは。ブリッピングで回転を上げても乱れがないんですよね。シューン! シューン! て。僕が乗っていた1983年式のは533iという2世代目の5シリーズでしたが、若かった僕はレッドゾーンの回転が低くてオジサンぽいエンジンだと記憶していたんです。あの当時はわかっていなかったんですね。巨匠は何に乗られていたんでしたっけ?

徳大寺 633CSiを2台乗り継いだね。当時あれほど伸びやかで4人がゆったり乗れるクーペはそうそうなかったよ。しかもスタイリングは文句のつけようがないほど整っている。僕は車は格好だと思ってるんだ。いくら馬力があっても格好が悪ければ全く意味がないからね。そういう意味でも完璧だったな。

松本 同じモデルを2台乗り継いだところが巨匠たる所以ですね。しかも同じエンジン。このエンジンをよく見ると、フロント部分のプーリーにフライホイールに準ずるウェイトが取り付けられています。振動とクランクシャフトのねじれについてとてもよく考えられていますよね。さすがエンジンメーカーです。533iを見て初めてBMWってただ者じゃないと思いました。

徳大寺 今回見に行く635CSiの最高速度は225km/hだったんだ。そのときのエンジン回転数は5200回転だからね。最高出力よりもトルクが大切なのがよくわかっていたんだな。

松本 さて到着です。ホワイトですね。当時は大きいと思っていましたが、今見るとスッキリして軽やかな印象を受けますね。

徳大寺 とにかくカッコイイな。コーチワークは現在VW傘下になってしまったがカルマン社(※3)が担当したんだ。今のモデルはやたら大きいから美しくさせるのも大変なはずだ。このサイズで堂々として美しいんだからベルトーネ(※4)とカルマンは密接だったことが分かる。

松本 しかしキレイですね。話によると全部オーバーホールされているそうですよ。エンジン、ミッションなど。レストアするにはかなり微妙な年代ですから、BMWを専門として商売をしていても、志がなければできませんね。

徳大寺 1970年代後半からは安全性の面から樹脂パーツを多用してるだろ。樹脂は割れると元には戻らないから、程度の良い中古部品を集めて組み立てるようになるんだろう。今後635CSiのようなモデルは貴重になるだろうな。当時美しいと言われたモデルは何十年経ったって変わらないんだよ。本当に良い車とはそういうモデルなんだよな。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

オートスクエアエノモト
販売店名 オートスクエアエノモト
所在地 埼玉県越谷市北越谷2-18-4
営業時間 11:00〜18:00
定休日 火・水・祝祭日
TEL 048-974-8910

シトロエン SM

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シトロエン SM

CAR HISTORY:シトロエンの歴史に名を残す名スポーツモデル
当時としては画期的な200km/hオーバーという性能を前輪駆動方式で達成しようと開発がされたシトロエンのスポーティモデル。発表されたのは1970年、ボディの構造はDSをベースにした2ドアボディとされた。DSで見せたシトロエンらしい個性的なデザインを採用しているが、当時提携していたマセラティ製の2.7Lエンジンを搭載しているというのも特徴的である。当然サスペンションはハイドロ・ニュー・マティック、ブレーキシステムも油圧だが、これはDSから引き継がれていた。製造は1975年まで。

SPECIFICATIONS:シトロエン SM
LENGTH:4890mm /// WIDTH:1840mm /// HEIGHT:1320mm /// WEIGHT:1490kg /// WHEELBASE:2950mm
ENGINE:V8 DOHC /// DISPLACEMENT:2670cc /// POWER:178ps/5500rpm /// TORQUE:23.7kg-m/4000rpm

ボクも所有していた最高に格好いいシトロエン

シトロエン SM ボディ
シトロエン SM リア
シトロエン SM エンジン
シトロエン SM インパネ

用語解説

*1 アンドレ・ルフェーブル
航空機メーカー「ヴァワザン」からルノーを経てシトロエンに移った技術者。シトロエンの歴史を語る際には決して欠かせない人物で2CVやDSといった名車を生み出した

*2 GS
1970年から86年まで製造されたシトロエンの小型乗用車。1000~1300ccの小さい排気量とハイドロ・ニュー・マティックを組み合わせ、大きな話題となった

*3 エキゾチックカー
スポーツカーや一部のGTカーなど、高級、高出力の車に対しての呼び名でスーパーカーと同じ意味合いを持つ。1950〜70年代の欧州、欧州で使われることが多かった

*4 ピエール・ブーランジェ
ミシュランから派遣され、副社長を経てシトロエン社の社長に就任。農道で手押し車や牛車の轢く荷車を見て、名車2CVのコンセプトを思いついた人物としても有名

徳大寺 今回はポルシェ特集だけどヴィンテージエッジで取り上げるのは“シトロエンSM”なんだろう。君は何か繋がりがあると思うかい。

松本 うーん、こじつければ、一番の共通点はシトロエンの戦後からSMまでのモデルも、ポルシェ初のモデルも、両者とも天才エンジニアが大きく関わったことでしょうか。

徳大寺 それは言えるだろうね。自分はシトロエンのGSを当時(1970年代前半)買ったんだけど、これは空冷の水平対向4気筒。これはポルシェがこだわったレイアウトに類似しているな。

松本 2人の天才とはポルシェは言わずと知れたDr.フェルディナント・ポルシェ。しかしシトロエンはあまり知られてないんですよね。

徳大寺 そうだな。シトロエン好きには是非知っておいてもらいたい。その天才は“アンドレ・ルフェーブル(*1)”というエンジニアなんだけど、ポルシェ以上に天才肌だったんじゃないかなぁ。彼はグランプリレーサーとしてもトップクラスだったんだから。しかも自分自身が設計したグランプリカーで極めたんだからね。

松本 そのルフェーブルが最後に手を加えたモデルがGSと言われてますね。巨匠がGS(*2)を購入してからの苦労話はそりゃ良く聞きましたよ。次々といろんな部分が壊れて修理の費用が嵩んで大変だったんですよね。当時は日本の道路事情には合わなかったのかもしれませんね。

徳大寺 とにかくシトロエンというメーカーは戦後から復活を遂げて1960年代初頭にフランスで1位のメーカーになるんだ。それもこれもルフェーブルの力が大きかっただろう。僕はルフェーブルの傑作の一つであるDSを所有する事はできなかったけれど、FFでありながら最高にカッコイイシトロエンを所有していたんだ。それが今日見に行くシトロエンSMだよ。

松本 SMはフロントドライブの最初で最後のエキゾチックカー(*3)というモデルですよね。僕も今でも欲しいと思う一台です。1970年から75年までの5年間でおよそ1万3000台弱生産されました。SMとは“SportMaserati”の略で、1968年にイタリア・マセラティ社を買収してエキゾチックカーに相応しいパワーユニットを取得したわけです。

徳大寺 もう一つ言えば、これはマゼラティのユニットをSM仕様に設計変更したんだ。有名なV型8気筒 4.2Lの2気筒を切り離しV型6気筒にした。それでもフランスの課税基準である15CVに収まらないため、さらにボアストロークをダウンサイジングして2.7Lのユニットを造り出したんだ。

松本 なるほど。SMはスタイリングが独特ですが、色もイイ色があるんですよね。今日の車両、色も素晴らしいですよ。

徳大寺 そうだな。こういうデザインに長けた車は個性的な色が良く似合うよ。

松本 巨匠が乗ってたSMはどのような仕様だったんですか?

徳大寺 当時のディーラーだった西武自動車が輸入したモデルだったんだが、日本に輸入された時はアメリカモデルでライトがカッコ悪かったんだよ。それを西武自動車自ら本国仕様にしましょう、と丸目四灯から角形6つの仕様にしたんだ。これで完璧だった。色は明るいセージグリーンで内装がカフェオレ色で、とにかくカッコイイんだ。だけど残念なことにメカニックがリアをぶつけてしまって僕は手放したんだ。そのメカニックは泣いてたよ(笑)

松本 そういえば、SMが企画、設計されたのは1960年代後半ですが、ルフェーブルの意思がハッキリと現れているんですよね。すでにシトロエン社の主任設計者から退いて10年は経過していたにもかかわらず。

徳大寺 だろうな。

松本 特に空力の面、一番分かりやすいのがフロントの空気を受ける部分の角度です。ルフェーブルという人はフロアの空気の流れを考えて造るという、量産車初のことをDSで成し遂げたエンジニアです。ボンネットを伝わった上部とアンダーパネルを伝わってリアに流れる下部はルフェーブルイズムがはっきり現れているそうです。

徳大寺 それはもっともな話だな。ルフェーブルは元々ヴォワザンという航空機会社で設計とデザインを任されていた人物だ。空力を考えずに自動車を造らないわけがない。ルフェーブルも確かに天才だけど、その手腕を発揮させた当時の社長“ピエール・ブーランジェ(*4)”も素晴らしい。学歴主義だけでは個性豊かなモノを造り出すことはできないのに、自動車メーカーはそういう意味では逆行しているからね。特に日本のメーカーは天才を育てる土壌ができていないんだ。温故知新、SMから見習って欲しい部分もあるんだよな。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

シノダオートモービル
販売店名 シーザートレーディング
所在地 東京都調布市西つつじケ丘1-58-12
営業時間 10:00〜20:00
定休日 第2、第4日曜日
TEL 042-480-2222

メルセデス・ベンツ 300SEL 6.3

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/09/27

メルセデス・ベンツ 300SEL

CAR HISTORY:圧倒的な加速性能の高級サルーン
1968年に登場した超高性能サルーン。65年から67年の間製造された300SELのボディに「M100」と呼ばれるV8 6.3Lエンジンを搭載。これは当時のメルセデス・ベンツが世界一を目指して作り上げたグロッサー・メルセデス600に積まれていたもので、それを比較的スタンダードなサイズであった300SELに積み、当時のスポーツカー以上の最高速度220km/h、0→100km加速6.5秒という圧倒的な数値を誇った。0→100km加速で言えば当時の911、フェラーリディーノよりも上だったという。

SPECIFICATIONS:メルセデス・ベンツ 300SEL 6.3
LENGTH:5000mm /// WIDTH:1810mm /// HEIGHT:1420mm /// WEIGHT:1765kg /// WHEELBASE:2865mm
ENGINE:V8 SOHC /// DISPLACEMENT:6332cc /// POWER:250ps/4000rpm /// TORQUE:51.0kg-m/2800rpm

スポーツカー並の加速力を誇る名サルーンだな

メルセデス・ベンツ 300SEL フロントマスク
メルセデス・ベンツ 300SEL リア
メルセデス・ベンツ 300SEL エンジン
メルセデス・ベンツ 300SEL インパネ

用語解説

*1 300SLガルウィング
今号の第一特集にも登場している、メルセデス・ベンツが誇る伝説のスーパーカー。世界中の有名、著目人がこぞって購入し、日本では石原裕次郎、力道山も所有していたという

*2 770K
戦前に作られていたフラッグシップモデルで通称は「グロッサー・メルセデス」。世界中の王族、富豪に向けて作られ、日本の皇室で御料車としても使用されていたことがある

*3 600プルマン
300SEL 6.3が積むV8エンジンを元々搭載していのが600プルマン。63年に登場しショートボディの「リムジーネ」とロングホイールベースの「プルマン」が存在していた

*4 ルドルフ・ウーレンハウト
「レーサーよりも速く走ることができる」とまで言われた天才エンジニア。入社からわずか6年ほどでレース部門の責任者に抜擢され、300SLの生みの親としても知られている

徳大寺 今回はメルセデス特集だね。車種は50年代の300SLあたりから最新モデルまで登場するんだろ?

松本 はい。それで今回の車ですが、ヴィンテージエッジでは何回かメルセデスの弩級クラスを取り上げています。 例えば当時、道玄坂を颯爽と走っていったという300SLガルウィング。

徳大寺 あれは忘れられないな〜。恐らく裕次郎さん(石原裕次郎)の車だったと思うんだ。それに300SLと同形のエンジンを使った300SCも取り上げたことがあったな。メルセデスは戦後すぐは実質上3Lを超えるモデルは造れなかったんだ。敗戦国としての経済的な理由らしいが…。

松本 メルセデスは戦前、大排気量とスーパーチャージャーを搭載した770Kや540Kなどのスーパーツアラーを造っていたのですから、規制緩和になるまでウズウズしていたことでしょう。今回見に行く“メルセデス300SEL6.3”の心臓部に宿る6.3LのV型8気筒は、戦前の弩級モデルの再来と言われたメルセデス600プルマンに搭載された、メルセデスの量産ユニットとしてはこれ以上ないエンジンなんですね。

徳大寺 そうだろうな。戦前のメルセデスの高級車には直列8気筒を搭載することが習わしだった。しかし戦後の経済政策で3L以上は造れなかったから6気筒に甘んじていたんだ。それでも300SLのようにシャシーとエンジンに技術の粋を集めて、当時の水準からかけ離れたスポーツカーを造ってしまうんだよな。その技術陣のボスが“ルドルフ・ウーレンハウト”だったんだ。

松本 ウーレンハウトといえば戦前戦後のグランプリカーの主任設計者ですよね。戦後のグランプリカーにスポーティなボディを架装して普段の足に使っていたという伝説の天才エンジニアの。今回見に行くメルセデス300SEL6.3も、ウーレンハウト自身が重役時代に初めから考えていて、量産前に密かに乗っていたという話ですよね。

徳大寺 そうだよ。ウーレンハウトは弱冠30歳にしてグランプリカーの最高責任者だからね。しかも技術者としての才能とドライバーとしての才能も兼ね備えていたので、不具合なんかは当時のグランプリレーサー以上に見つけては対策を練っていたらしい。性格は温厚で誰からも好かれた人物で、ただの頭でっかちの設計者とは全く違っていたんだ。今でもウーレンハウトのようなエンジニアがいればメルセデスも違っていただろうな…。

松本 もちろん自動車メーカーは英知が結集した集団ですからウーレンハウト級のエンジニアも存在するかもしれませんが、現在の社会構造では潰されてしまうのかも知れません。

徳大寺 そうだろうな。おっ!一回この店来たことあるよな。在るぞ、溜色のメルセデスが。良い色だなぁ。内装は黒じゃないといいけどな。あとシートはメルセデス特有のベロアなら最高だ。MBテックスという合成皮革も丈夫でいいけど、このクラスにはベロアだろう。

松本 きれいなマルーンですね。内装はグレーに茶色を軽く混ぜ合わせたような品のいい色ですね。巨匠、ベロアですよ!

徳大寺 やっぱりそうか。これじゃないとな。僕は以前300SEL6.3と450SEL6.9を乗り継いだんだ。そのときもやっぱりベロアだった。ベロアはホールド性も良好だし座り心地もイイんだ。

松本 2台とも乗ったんですね。さすが巨匠(笑) そこが巨匠たる所以だと思います。普通は同じようなモデルは乗り継がないですけどね。300SEL6.3は1963年に弩級リムジーンの600用のユニットとして造られSOHCV型90度8気筒、6.332Lから250馬力と51Kg-mのトルクを発生しました。メルセデス初のV型ユニットであることも特筆すべき点ですね。300SEL6.3は600よりも車重が700キロ以上軽く0-100m/hは6.5秒。これはスポーツカーの領域です。

徳大寺 とにかく、タイヤが減って参ったよ。ホイルスピーンもそうだし。あまりのトルクに600では車重でしっかりと貯めるようにしてから加速するんだけど、これが凄い。後ろから押されるから加速するときにフロントの剛性が低下するんだ。ストップ&ゴーが多い日本では特に現れるだろう。

松本 ものすごい性能ですね、それは。

徳大寺 でもこういうモデルが造り出せたメルセデスは本当の意味で車好きを夢中にさせたメーカーだったんじゃないか。その恩恵があるから現在でもブランドイメージが高いと思うんだ。ウーレンハウトのような一人の天才エンジニアを見つけ出せたメルセデスの首脳陣もまた優秀だったんだろう。これから先のメルセデスにも才能を開花させる首脳陣が必要だと思うな。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

トミタ
販売店名 TOMITA
所在地 神奈川県横浜市都筑区北山田5-17-28
営業時間 10:00〜21:00
定休日 年中無休
TEL 045-590-6971

オールズモビル トロネード OLDSMOBILE TORONADO COUPE

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/08/22

オールズモビル トロネード

CAR HISTORY:内外装に驚きを詰め込み、未来を予感させたトロネード
一目でアメリカ車とわかるデザインながら、当時としては画期的なFFを採用するなどGM社の力の入れようが伝わってくるトロネード。5mオーバーながら2ドアクーペとし、後席からもドアが開けられるなど、見た目以上の驚きに詰まった一台である。1930年代に使われた前輪駆動システムをこの年代に復活させて搭載。当時の業界に大きな衝撃を与えた。その技術は翌年には同グループのキャデラックエルドラドにも用いられている。今回撮影した車両は1966年式、走行距離40736マイルという個体。

SPECIFICATIONS:オールズモビル トロネード
LENGTH:5780㎜ /// WIDTH:2020㎜ /// HEIGHT:1350㎜ /// WEIGHT:2096㎏ /// WHEELBASE:3100㎜
ENGINE:V8 OHV /// DISPLACEMENT:7456㏄ /// POWER:215㎰/3600rpm /// TORQUE:51.0㎏-m/2400rpm

当時のアメリカがいかに凄かったか、それが分かる一台だね

オールズモビル トロネード インパネ
オールズモビル トロネード エンジン
オールズモビル トロネード ドア
オールズモビル トロネード バンパー

用語解説

*1 オールズモビル
1897年に設立された自動車メーカー。1908年にゼネラル・モーターズ・コーポレーション(現在のGM)に買収される。新技術に最初に挑戦する役割を担い、「走る実験車」と呼ばれていた

*2 モトラマ
50〜60年代、アメリカの自動車メーカーは毎年全米各地で巡回型の展示会を開催し、いわゆる「ドリームカー」を続々と発表。ファンを喜ばせていた。そしてGMが開催していたのがモトラマである

*3 シボレーコルベア
フォルクスワーゲンのタイプ1と同じように空冷エンジンをリアに搭載し話題になったコンパクトカー。オプションで4速MTを用意したり、ターボモデルを追加するなど多くの新装備が採用されていた

*4 キャデラック・エルドラド
黄金郷を意味する「エルドラド」の名前が与えられたキャデラックの最高級モデル。1960年に登場し、トップグレードに相応しい作りと独創的な形で人気を得、2000年代まで名前を継続させた

徳大寺 今日はまた“例”の下町のお店に行くんだろう。あのお店はさ、なかなか珍しいモデルもあって面白いよな。

松本 巨匠と僕で3回は行ってますから。売れ筋云々よりも、オーナー自身が好きな程度の良いモデルを扱っていますよね。毎回、取材とは別の車に興味を持っちゃって本題に進まないという興味深いお店です。

徳大寺 そうなんだよな。あの店が得意とするのはアメリカ車だから、今日はちょっとやそっとじゃお目にかかれないアメ車でいきたいな。

松本 それで、僕自身も実車をこのお店で初めて見た“オールズモビル(*1)トロネード”にしようと思います。

徳大寺 そそりゃまた珍しいな。トロネードって車は、カッコからするとどう見てもFRに見えるんだけど、実はFFっていうのが面白いよ。あの頃のGMっていうのは最後の良心でこのモデルを作っていたんじゃないかな。

松本 GMという会社は車を夢の乗り物と見立てて“モトラマ(*2)”というGM独自のモーターショーを1949年から61年まで全米各地で11年間も行っていたんですね。その最後の年に後の“トロネード”のデザインは描かれていたそうです。

徳大寺 当時のGMはデザインやメカニズムに最新のモノをいち早く導入して、ユーザーに見た目だけではない次世代の自動車の在り方も提案していたんだ。電気式のスターターを初めて導入したのもキャデラックだからね。ヨーロッパよりもずっと革新的で進歩的だったんだ。

松本 そういえばシボレーコルベア(*3)だって1960年には水平対向空冷6気筒をリアに搭載していましたからね。しかも1965年にターボチャージャーを搭載したモデルもあったんですから、GMが考える最先端のエンジンを積極的に提供したわけです。

徳大寺 トロネードは1966年が最初だったと思うんだけど、とてもでかい印象があったな。本来トロネードを量産に移そうとしたときには、もう一回り小型のプラットフォームに載せようとしたんだ。でも、一車種に専用のパッケージングではコストがかかりすぎるという理由で、高級セグメントのブランドとして新たに開発中だったキャデラックとオールズモビルの専用シャシーに被せたというわけなんだな。

松本 この当時のGMは、先々のビジョンを持って量産車にテクノロジーを反映させていたんですね。GMはアメリカ車の悪い点を車重だと判断して、FR方式の前後のコンポーネントをまとめて後ろか前にしようとしていたのでしょう。

徳大寺 だからこそRR方式で空冷6気筒のコルベアであり、今日見に行くトロネードになるわけなんだ。FF方式はこれから自動車産業の柱になる技術だと確信していたんだ。だからトロネードには莫大な開発費がかかっていると思うな。トロネードの発表の後、満を持して1967年にキャデラック・エルドラド(*4)が発表され、GMのオリジナリティを持った高級なフロントエンジンフロントドライブが搭載されたんだよ。7ℓのFFだよ。もちろん高級車ではFFはキャデラックじゃなくて“コード”という弩級の高級車だったんだけどね。

松本 到着しました。トロネードありますね。しかし思っていた以上に大きいな。全長は約5.8mで幅が2m以上ですからね。しかも最近の車に比べてフロントの角っこを斜めにカットしないデザインですから実際に見ると怖いぐらい存在感がありますね。

徳大寺 色がいいな。マルーンで。こういうソリッドカラーでも渋めの色はクロームメッキが映えるんだよ。内装も同じマルーンだね。シートもえらくきれいだけど、これはシートを張り替えてきれいにした内装じゃないな。こんな程度がいいトロネードがあるんだね。色だって塗り直してないんじゃないか。いい感じだ。高級なクーペだと思うよ。内装の取っ手などにも、滅多に剥げないぐらいメッキが施されているなぁ。

松本 現在のようにレギュレーションがうるさくない時代ならではのデザインですね。フロントの左右の出っ張っているところは斧のように尖っていて現在ではあり得ないでしょう。スゴイの一言です。こんなにお金をかけた量産車が1960年代のアメリカにはあったんですね。

徳大寺 1940年代から1960年代までのアメリカ車は本当に高級だった。ありったけの独創的なデザインを受け入れ、技術革新にも目覚ましいモノがあった。しかし自らが作り上げた技術やデザインに加速がついて、1970年代からはついて行けなくなったのではないか。トロネードのような当時のアメリカ車を見ていると、ヨーロッパ車に比べていかに凄かったかがうかがえるよ。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

マリンコーポレーション
販売店名 マリンコーポレーション 木場ショールーム
所在地 東京都江東区木場3-15-5
営業時間 11:00〜19:00
定休日 火曜日
TEL 03-5809-8115

ランドローバー レンジローバー LAND ROVER Range Rover

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/07/26

ランドローバー レンジローバー フロント

CAR HISTORY:英国王室が愛した元祖プレミアムSUV
ランドローバー社が1970年に発表。それまでのオフロード車の概念から大きく離れ、本格オフロード性能と快適性や豪華さを合わせた1台として世界で高い人気を誇った。デビュー時は4速MTで最高速度は152㎞/h、1983年に3ATが追加され、1985年に4AT化。そのタイミングでエンジンは電子燃料噴射式となっている。現在も使われている高級グレードの「VOGUE」は1984年から設定されていた。今回の撮影車両は1991年式、カラーは黒、走行距離13万km、左ハンドルの4ATモデルである。

SPECIFICATIONS:ランドローバー レンジローバー
LENGTH:4470mm /// WIDTH:1780mm /// HEIGHT:1780mm /// WHEELBASE:2540mm /// WEIGHT:1724kg
ENGINE:V8 OHV /// DISPLACEMENT:3528cc POWER:132ps/5000rpm /// TORQUE:25.6㎏-m/2500rpm

時代に左右されないデザインの基は英国にあり

ランドローバー レンジローバー シフト
ランドローバー レンジローバー リア
ランドローバー レンジローバー インパネ
ランドローバー レンジローバー シート

用語解説

*1 モンテヴェルディ
1967~1982年まで存在していたスイスの高級車メーカー。スポーツカーからアッパーセダン、オフロード車まで幅広く手がけ、90年代にはF1への参戦も行っていた

*2 チャールズ・スペンサー・キング
ランドローバーを傘下にしていたブリティッシュ・レイランドのエンジニア。当時としては画期的な存在だったレンジローバーの方向性を決定的にした人物として知られる

*3 ローバーP6
1963年から77年まで製造されたローバー社の4ドアセダン。最初のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた車であり、ローバーの主力モデルとして発売された

*4 ローバー3500
上記のP6に用意されていた上級グレード。ライバルであるトライアンフ2000に対抗するため、エンジンにはGM製のV8エンジンを搭載。愛称として「ローバー3500」と呼ばれる

徳大寺 今回のテーマはレンジローバーで、我が家から近いところで取材だって? ヴィンテージエッジ的には1970年代の2ドアハッチバック(HB)のオリジナルレンジローバーになると思うんだけど、そういう車を扱っているお店はあったかなー。

松本 巨匠、レンジローバーはご存じの通り、初期は2ドアのみの販売でしたが、巷では2ドアと4ドア両モデルを「クラシックレンジ」と呼んでいますから、今回は4ドアモデルを見に行くことにしたんですよ。確かに2ドアは見たいですが、なかなか現存している個体が少ないですし。あ、こちらのお店ですね。

徳大寺 こちらは前にも一度お邪魔したことがあったな。クラシックレンジは2台あるのか。

松本 レンジは当初が2ドア、そしてその後にスイスの「モンテヴェルディ(*1)」が4ドアを提案して、1981年に4ドア版のレンジローバーが生産されたんですよね? そして2ドアと4ドアのレンジローバーは1970年から1996年まで作られ(2ドアHBモデルは94年まで)、これがクラシックレンジと呼ばれると。

徳大寺 基本設計は四半世紀以上前だから、いかにデザインとパッケージング、設計が優れていたかということだ。レンジローバーをまとめあげた人物が伝説的なエンジニアだからね。“チャールズ・スペンサー・キング(*2)”というイギリス人なんだけど、僕らの間じゃ“スペンキング”と言ってレンジローバー好きはもちろん、イギリス車を好きな人は大抵が知ってるんじゃないかな。イギリスはこういうパイオニア的なモデルを作った人をとても重んじるんだよ。

松本 僕はトライアンフ2000に乗ってますけど、当時(1965年)スペンキングがまとめあげたローバーP6(*3)と比較されていたので、スペンキングの功績はよく知ってます。ローバーP6はメカニズムや発想は斬新ですが、インテリアは簡素で無意味な装飾はなく、上品にまとめられたイギリスらしいモデルなんですよね。トライアンフ2000はイタリア人のミケロッティですから持っている根底の慣習の違いを感じます。

徳大寺 スペンキングの発想は天才的な部分もあるがメカニズムも含めて全体的に上品だよな。ローバーという車が歴代王室の人々に好まれて乗られていたのがよくわかるよ。

松本 デザインもスペンキングがかなり咬んでいると言われていますけど、実際にはローバー社のデザイナー“デビット・バーチェ”が描いたようですね。バーチェはオースチンA30のインテリアも手がけているんですよ。その後1960年代から90年代まで、オースチンやローバーで歴史に残るモデルを数々デザインして量産したんですよね。僕もA30を買おうと思って見に行ったんですよ。外観は可愛らしいんですが、内装は大人びていて上品なんです。今では作れないようなコストのかかったインテリアでした。

徳大寺 グレース・ケリーが最後に乗っていたモデルもローバー3500(*4)というモデルだからね。英国王室のみならず、モナコ王室からも好まれていたんだ。僕も何台か乗り継いだけど、乗りやすいんだよ。上品なだけではなく、ローバーというメーカーは優しい部分があったんじゃないかな。何をするにも操作しやすいんだよ。走りながらの送風口の切り替えや、温度調節、不器用な指でも容易に操作できる。こういうところも温かみがある部分じゃないかな。乗りやすいとはそういうことなんだよ。

松本 確かにレンジローバーはとても乗りやすいですね。最新の幅2m級でさえ見切りが良くて乗りやすいんですから。スペンキングとバーチェが練り上げたオリジナルデザインは現在でも継承されているんですね。パワーユニットはスペンキングは自分のエゴを押し付けず、ビュイックにも搭載していたローバー3500のオールアルミ製V型8気筒エンジンを載せてしまう。こういうところがエンジニアとして中庸な部分だと思うんですね。純粋にレンジローバーのドライバビリティには適していると思ったのでしょう。

徳大寺 彼らは英国というエスタブリッシュメントを重んじる国で育ったからこそ、コンフォータブルで本格的なオフロード性能を持ち、それでいてホテルに乗り付けることが可能な雰囲気をデザインに注ぎ込むことができたんじゃないかな。クラシックと呼べる、時代の流れに廃れないデザインのモデルは、ミニやレンジローバーで分かるように基は英国にある。これだけ情報があり、様々な機械やコンピュータがあるにも関わらず、クラシックを名乗ることができそうなモデルはなかなか出て来ない。皆さんがクラシックレンジと呼ぶモデルは、エクステリアやインテリア、運動性能のどれをとっても満足のいくものだということなんだ。すなわち完璧なモデルだったということなのだろうね。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

エコスカーズ
販売店名 エコスカーズ
所在地 東京都世田谷区上用賀1-10-16
営業時間 11:30~19:00
定休日 月曜日
TEL 03-3707-6621

フェラーリ412 FERRARI 412 

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2011/06/27

フェラーリ 412

CAR HISTORY:基本設計は変わらず18年間生産されたGTモデル
1972年、セールス的には成功を収めることができなかった365GTC/4に代わり、2+2モデルとして開発されたのが365GT4 2+2。その後、1976年に排気量を4823㏄に拡大し、1気筒当たりの排気量が400ccとなったため名称を400に。1980年にはインジェクションが備わった400i、そして85年には排気量を4943ccに拡大した412と進化を遂げる。V12エンジンを搭載した優雅なGTモデルとして高く評価され、基本設計を変えぬまま、18年間も生産された長寿モデルである。

SPECIFICATIONS:フェラーリ 412
LENGTH:4810mm WIDTH:1800mm HEIGHT:1315mm WEIGHT:1818kg WHEELBASE:2700mm
ENGINE:V12 DOHC DISPLACEMENT:4944cc POWER:340ps/6000rpm TORQUE:46kg-m/4200rpm

大人のGTが89年までフェラーリにはあったんだ

フェラーリ 412 シフト
フェラーリ 412 リア
フェラーリ 412 シート
フェラーリ 412 エンジン

用語解説

*1 365GT2+2
412のルーツとなる2+2のGTモデルでかつては巨匠も所有。エンジンはデイトナと同じ60度のV12型で、最高出力320psを誇った。その後この地位は456が受け継ぐことになる

*2 トランスミッションもATが加わり
1976年にモデル名を400に改め、新たに4灯ヘッドライトやオートマティックなどが装備に追加された。この3速ATを選択可能になったことが販売台数を伸ばす要因となった

*3 250GTE2+2
1960年から63年までの間製造された2+2モデル。このモデルの登場でフェラーリは大きく生産台数を伸ばし、3種類用意されたシリーズ累計では約1000台が販売された

*4 フィアット130クーペ
1969年から77年まで製造されたフィアットの大型乗用車で、71年にピニンファリーナが手がけたクーペを追加。美しいボディには365GT2+2との共通点を多く見いだせる

徳大寺 今回の第一特集はフェラーリか。色々見てきたな、フェラーリも。で、今回は?

松本 「フェラーリ412」です。プレステージフェラーリでありながらインパクトは希薄に感じますが…。巨匠も乗ってらっしゃいましたよね?

徳大寺 乗ってたよ、412のもとになった365 GT2+2(*1)。大昔、これに乗って神楽坂で人を待っていたんだよ。そうしたら小学生がエンブレムと車をじっと見て僕に聞くんだ。「おじちゃん、この車って本当のフェラーリ?」って。それで本物を証明するために乗せてあげたんだよ。

松本 すごくイイ話ですね。その小学生、今でも覚えていると思いますよ、巨匠のフェラーリに乗せてもらったって! 確かに小学生からすればスーパーカーとしてのフェラーリのオーラがないように感じられたんでしょうね。

徳大寺 そうなんだろうな。子供の感覚は計り知れないからね。でもキャブレターから奏でる12気筒は、インジェクションでは得られないイイ音がするんだよ。「やっぱりフェラーリだ! やっぱりすごい!」と、その子が納得して、満足してくれてたら嬉しいな。あの吸気の音はウェーバーキャブレターならでは。君は詳しいと思うけど調整が大変なんだよな。

松本 特にコンプレッションがバラバラだと面倒なんですよ。調子が悪くて12気筒がバラバラに燃えている感じだった車も、キャブレターのバランスをとったら「これがフェラーリの12気筒なのか!」と震えがくるほど良い音になりましたね。上品でいい音ですよ。

徳大寺 フェラーリの365、400、412というこのシリーズのネーミングは1気筒当たりの排気量(㏄)を表しているのは有名な話。412㏄×12でこの車の総排気量は4944㏄となる。5ℓ V12のエンジンなわけだ。こういう名前のつけ方は正直で潔いね。

松本 巨匠が乗っていた365GT4 2+2は外観は412と同じような大人の佇まいですが、マニュアル仕様だからドライブすれば何も言わなくても小学生は本物だと分かったはずですよね。

徳大寺 365GT4 2+2はその後、排気量が増して、キャブレターからボッシュのインジェクションになった。トランスミッションもATが加わり(*2)GMストラスブールで製造した。誰もが普通に扱えるフェラーリとなっていくんだ。

松本 365GT4 2+2は1970年代で一番厳しいと言われたアメリカのレギュレーションに適合していたんですから、いかに対米仕様を大切に考えて作り込んだかが分かります。フロントは衝撃吸収が可能な仕組みと素材を使っていました。だから18年間作り続けることができたのでしょう。

徳大寺 ところでフェラーリの2+2は、限られた弩級の裕福な人のために作られたモデルが多い。それが250GTE2+2(*3)あたりから徐々に普通に裕福な人が買うことができるようになった。といっても日本人が想像するよりも、もっとエレガントで上品な人が買っていたんだ。

松本 僕もそんなフェラーリの2+2に憧れていましたよ。乗せられるフェラーリよりも着こなす感じのフェラーリのほうが好みですね。

徳大寺 この412は最後のノーブルだったフェラーリと言ってもいいと思う。地味で目立たないことも条件だと思うんだ。しかしとてつもないエンジンが搭載してあって性能は弩級というところに、フェラーリの本当の良さが出ているね。

松本 実際に見るとグラスエリアが広くて見せる内装もたまらないですね。当時のオフィシャルカタログには有閑マダムを添えていますが、大型でスレンダーな車には手足の長い熟女が似合いますからね。

徳大寺 車に女性は付き物だからな。それに当時、同じピニンファリーナでフィアット130クーペ(*4)という車があって、似てるんだよ。フィアットのあの大衆から抜け出したようなデザインで。

松本 本当に似てますよね。現在ではフィアット130クーペのほうがフェラーリ365や412より珍しいですけどね。フィアットの方がシャープなデザインを採用していましたね。365GT4 2+2はどことなくAピラーからルーフにかけてのフォルムがロマンチックで柔らかいですね。直線と曲線を組み合わせたフォルムは現在では500万円以上のモデルでは当たり前ですが、1970年から採用しているところはさすがです。

徳大寺 この412を見ていると、本当の大人のグランツーリズモが1989年までフェラーリにはあったんだと改めて認識させてくれるな。70年代初めから古さを感じさせずに存在したのだから、いかに優れたパッケージングとデザインであるかがよく分かる。さりげなく素敵に乗れる、現在では希有な一台であることは確かだろう。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

マリンコーポレーション
販売店名 マリンコーポレーション 木場ショールーム
所在地 東京都江東区木場3-15-5
営業時間 11:00〜19:00
定休日 火曜日
TEL 03-5809-8115

PORSCHE 959 ポルシェ 959

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ポルシェ 959 サイドスタイル

CAR HISTORY:数々の新技術が採用されたポルシェのモンスターマシン
1987年に限定生産されたポルシェのレーシングモデル。当初は200台と発表されたが、オーダーが殺到。最終的には283台が作られたと言われている。フルタイム4WD、水冷ヘッド、6速MT、可変ダンパー、複合素材ボディパネル、ダブルウィッシュボーンサスペンションなど、959で初めて採用された技術は数多く、そのトライアルモデルとしての役割を担っていた。その後、多くの技術が生産車にフィードバックしていることを考えれば、959の存在がポルシェにとっていかに重要だったかが分かるはず。

SPECIFICATIONS:ポルシェ 959
LENGTH:4260mm WIDTH:1840mm HEIGHT:1280mm WEIGHT:1770kg WHEELBASE:2300mm
ENGINE:FLAT6 DOHC TURBO DISPLACEMENT:2848cc POWER:450ps/6500rpm TORQUE:51kg-m/5500rpm

ポルシェの様々な面が959を通して見えてくる

ポルシェ 959 インパネ
ポルシェ 959 フロント
ポルシェ 959 リア
ポルシェ 959 エンジン

用語解説

*1 グループB
自動車レースのカテゴリー名で連続12ヶ月間の間に200台製造されたことが公認の対象となっていた。主な名車はランチア・デルタやルノー・5ターボ、トヨタセリカなど

*2 ロスマンズポルシェ956
ル・マン24時間レースを82年から85年に4連覇を果たした、ポルシェのレーシングモデル。日本国内でも全日本耐久選手権などに参加。当時の強さは伝説にまでなっている

*3 グランプリコース
ドイツ北西部にあり、自動車メーカーがテストなどでも使用することでも有名なコース。世界一過酷と言われる全長約20㎞の北コースと.51㎞の南コース、2つに分けられている

*4 バイザッハ
「ポルシェの聖地」と呼ばれ、ポルシェ社の車両開発部門「バイザッハ研究開発センター」がある場所。近年はスポーツモデルもスタンダードモデルもこちらで開発されている

徳大寺 さて、今日はポルシェ959を見に行くんだろう?

松本 はい。今月から過去に注目を浴びたモデルもピックアップしようということで、前から狙いをつけていたんですよ。特集もポルシェなので、ならばこれしかないかなと。

徳大寺 959と言ったら、当時はバブル絶頂期だったから欲しい人は億単位のお金を払ったんじゃないか? これ以上ないぐらい最新のメカニズムを詰め込んだクルマだったよ

松本 スタイルはとにかく未来的でしたね。1983年のフランクフルトショーで“グループB(*1)とアナウンスされたときにスペックを見て、こんな凄いの本当に発売するのか!? と思いましたね。ショーカーは冷却のためにディスク型のセンタ-ロック式のホイールを装着してあって、当時の常勝のグループCカー、ロスマンズポルシェ956(*2 )のようだと思いましたね。

徳大寺 それはそうだろう。959は956のレーシングエンジンをディチューンして搭載しているんだ。そんなイメージがあるのも当然だよ。

松本 だから200台以上生産して認可を得ようとしたわけですよね。しかしグループBは消滅して行き場がなくなった感じがありましたけど、適合するカテゴリーを見つけては積極的にレースに参戦して活躍していましたね。結局280台以上販売しても開発費も高額になっていたので到底採算はとれなかったでしょう。

徳大寺 ポルシェはあの当時、959で次世代の911を試していたんじゃないかな。例えば959で採用したフルタイム4WDシステム。これは最も理想的な前後のトルク配分をコンピュータで可変できるんだ。

松本 エンジンもヘッドだけ水冷なんてすごいです。おそらく4バルブ化して熱がこもるとノッキングなど燃焼状態も苦しいでしょうからね。

徳大寺 959のシリンダーが空冷のままだったのは、最後まで空冷の可能性を模索してたからなんだな。もっとも水平対向6気筒で空冷が長かっただけにリスクが少ないこともあったんだろう。レースに使っていたわけだしさ。

松本 ところで巨匠は当時乗ったんですよね? 巨匠の著書で『ニューヨークを楽しんだあと、私はポルシェ959の試乗に向かった』という本があるぐらいですからね。

徳大寺 あの本は確か1991年に出したんだ。それだけポルシェ959というクルマが注目されたということだけど、試乗会は意外と少人数で行われたんだ。

松本 どこで、開かれたのですか?

徳大寺 たしかニュルブルクリンクだったと思うよ。グランプリコース(*3 )。

松本 ニュルブルクリンクといったら世界一過酷なサーキットですけど、グランプリコースというのは全長5.1㎞の南コースですね。

徳大寺 その日は12人ぐらいのジャーナリストを乗せる予定で、まずちゃんとポルシェを走らすことができるかどうかテストされて、ポルシェ側からOKが出たら試乗が許されたんだ。僕は最後から2人目で、試乗するドライバーがコースを一周するごとにメカニックが修理や調整を行って、それが理由で順番が回ってこなかったんだ。プロトタイプのようなモデルだから仕方ないけどな。

松本 話は959の中身に戻しますけど、内装は当時の930のカレラと変わらないそうですよね。

徳大寺 そうなんだよ。外観は特別なスタイルだけど内装はカレラなんだな。個人的にはすごくいいと思うよ。

松本 しかし959は4WDだからプロペラシャフトをリアからフロントに伝えるためにセンタ-トンネルを大きくしてるそうですよ。巨匠、乗ってみて足元がタイトな感じはしませんでしたか?

徳大寺 そういった印象はなかったな。それほど完成度が高かったということだろう。

松本 959を作っていたころには4WDが可能な次世代のプラットフォームは完成していたと言ってよいのでしょうね。リアからフロントに行くトンネルにトルクチューブを設けて静粛性と剛性を向上させたのはポルシェらしいですし。91年に発表されたカレラ4では同様な方式のプラットフォームでしたから、レーシングカーから量産車にフィードバックがあることが分かります。

徳大寺 959に乗って思ったのはこれがレーシングカーのディチューン版のエンジンかということだな。2.85ℓのターボチャージャーで450馬力だからさ。現在でも凄いチューニングだと思うんだ。しかも乗るのに特に難しいことはない。これがバイザッハ(*4 )の姿だろう。あれから20年経っても超現実的なスタイルは健在だった。それと現在のポルシェよりも小柄に見えるところもいいね。

文・松本英雄 text / MATSUMOTO Hideo
写真・岡村昌宏 photos / OKAMURA Masahiro

販売店情報

シノダオートモービル
販売店名 シノダオートモービル
所在地 東京都世田谷区上野毛1-9-9
営業時間 10:00~19:00(日祭日は10:30~)
定休日 月曜日
TEL 03-5706-8511

あの日の憧れを手に入れる

Hatenaブックマークに追加 この記事をクリップ! 2009/12/17

あの日の憧れを手に入れる

porsche

Porsche 911 T
1963年、911という名称はこのモデルから始まった通称ナローと呼ばれ、2リットル空冷水平対向6気筒エンジンを搭載911の魅力をハンドリングのユニークさと定義するならば結局このモデルに行き着くことになるのかもしれない

Jaguar E type
このアングルからEタイプと判別できた方はよほどのエンスーだろうシリーズⅢをベースに7.3.までスープアップされたエンジンとフレームからほぼ作り直したシャシー。インテリアもエクステリアも完全に別モノである。旧いクルマの楽しみ方は無限に広がる

何事にも旬というものがある。

本意は、いわゆる食べ頃のことだ。旬の食材に、情熱をもった匠が手を加えた料理を味わうとき、その感動は時に刹那的であるが、いつまでも人を惹きつけて止まない。

自動車の歴史は浅く、まだやっと世紀を跨いだ程度。文明進化のプロセスを鑑みれば革新の余地はまだ十分に残っているはずである。しかし「一生忘れたくない垂涎の味わい」を芳しく放ってくれるような新型車に出会う機会は、残念ながら加速度的に少なくなってきた。

昨年来の世界的なエコの波は、真っ先に自動車マーケットに変異をもたらした。わかりやすい「記号」をもつクルマだけがもてはやされ、本来クルマに求められるべき機能やデザインの魅力が忘れ去られてしまったかのようだ。そして誰もが口にする台詞が、「昔は良かった」となってしまう。

ここで紹介するクルマは1970年前後のヴィンテージカー。自動車が最も自動車らしかった時代の「旬」の名車ばかりである。英国に本拠を置くヒストリックカー愛好組合の権威VSCC(ヴィンテージ・スポーツ・カー・クラブ)によると、ヴィンテージと呼べるクルマは1931年以前と規定されているらしい。さすがに戦前の話では気が遠くなるので勘弁してもらうものの、60~70年代でも十分に「昔の話」である。ではその時代と比べて今の自動車が獲得したのは何なのだろうか。

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フルレストアでは全てのパーツを取り外して塗装を剥離し、フレームまで錆止めを行い塗装する。場合によってはミリ単位の修正を行う場合もある。配線配管もきちんと記録し、特に電気系は新しい代用品を使用するのが主流。作業の丁寧さ如何で仕上がりは雲泥の差に

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オーバーホールなど、緻密な作業を行う専用ブース。これがあるレストアショップは信頼性が高い。精緻な調整を求められるので、埃や水滴の浸入を避け明るい照明の下、メカニックが集中できることが条件だ

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