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さらなる“自由”を求めて

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アストンマーティンのエンブレムは、古代エジプトで太陽神の象徴とされたスカラベの羽がモチーフとなっている。車種の象徴でもある「DB」は、第二次大戦後に経営していたデヴィッド・ブラウンの頭文字から。
これまで様々なクルマを乗り継ぎ、高松さんはついに憧れの“ボンドカー”、アストンマーティンにたどりついた。しかし当然ながら、これで高松さんのクルマ遍歴が終わるわけではない。

「今、『次なるクルマは?』と聞かれると、やっぱり、本物の“ボンドカー”でもあるアストンマーティンのDBSが思い浮かびますね。でもまだ次のことは考えられません。その前に、まずこのクルマでもっと遠出をしたい。2006年に購入してから、まだ1万kmも走っていないんです。ちょうどアストンを手に入れた頃から、仕事がどんどん忙しくなってきてしまった。まとまった休みが取れたら、ドライブ自体を愉しむ旅にも出たいんですが……、見通しは明るくないですね」

クルマに割くことができる自由な時間は決して多くない。だが、日清カップヌードルを起点とした『FREEDOM-PROJECT』では、DVDオリジナルアニメ、小説、グッズ展開など自由にその世界観を広げている。この3月にカップヌードルのCMは終了したものの、5月23日には『FREEDOM SEVEN』というシリーズ最新作もリリースされる。

「『FREEDOM-PROJECT』がかかげる、『自由』というキーワードは、僕にとってとても大切なものなんです。もともと僕は、いろいろなものから解き放たれたかった。実家からの独立という自由、会社からの独立という自由、国家という境界線からの自由……」

自由を得れば選択肢は広がる。ライフワークとも言えるテーマ「宇宙」からは、もはや地球という惑星の“重力”からも解放されたいという高松さん自身の欲求すらうかがえる。だが、何もかもから解き放たれたとしても、高松さんの隣にはアストンマーティンがいるに違いない。それは真の自由を手に入れた者だけに与えられる、「自ら選択する」という最高の自由の象徴なのだ。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

仕事とクルマの不思議な共通点

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イグニッションのスイッチ・ボタンはダッシュボード中央に備えられている。伝統的なアストンマーティンのエンブレムが印象的だ。
実は高松さん、2006年にアストンマーティンに乗り換えるときき、様々なクルマを試乗したという。「好みに違いない」、「合わないはず」という思いこみを捨て、すべての可能性を追求するのが、高松さんの流儀でもある。

「大切なのは乗ってみて『いいな』と思えるかどうか。実はDB9に乗り換えると決める前には、『多分、選ばないだろうなぁ』と思いながらも、メルセデス・ベンツのSクラスやBMWの7シリーズも試乗してみました。実際、乗ってみると最高にラクでいいんです。でも、どことなく落ち着かない。なんだか“上がり”のポジションになってしまったような、つまらなさを感じてしまったんです」

突き抜けたアイディアを具現化するのに必要なのは発想の幅を広げること。振り切れた“結果”を求めるならば、すべてを精査するのは仕事でもクルマ選びも同じ。だからこそ、高松さんはDB9の対抗馬でもあったランボルギーニ・ガヤルドやフェラーリにも乗ってみた。

「僕は試乗する前にも、それぞれのクルマに対するイメージは持っていますし、実際に乗ってみるとそのイメージに近いことがほとんどです。ただ、自分の知らなかった満足感があるかもしれないと考えると、試乗せずにはいられない」

そうしたクルマ選びのスタンスは高松さんの仕事ぶりにも現れている。高松さんは広告やキャンペーンを手がける際、「クライアントに本当に必要なものは何か」を基礎の基礎から考察し、必要な要素を徹底的に調べ上げる。過去にあった既存の手法に限らず、すべての可能性を模索する。

「例えば、サッカー・ワールドカップでのパブリック・ビューイングで言えば、もともとは広告予算0円で、「スカパー!で見るW杯日本戦」をPRするという無茶なミッションだったんです(笑)。とはいえ、やはり予算がなければイベントを成立させるのは難しい。ならば、国立競技場で熱狂するという体験――エネルギーとコミュニケーションを味わう対価としてサポーターに少しずつ予算を負担してもらおうと発想を転換させたんです」

最後の一押しは、そこにあるエネルギー。DB9を選ぶ際も、アストンマーティン特有の躍動感が最後に背中を押したという。とりわけ、高松さんが惹かれたのはそのエンジン音だった。

「イグニッションのボタンを押してエンジンをかけると、DB9は『グォン!』って一瞬フケ上がるんです。その音にヤラれちゃいました。しかも、低回転域では音もサスペンションもジェントルなのに、3500~4000回転を超えるといきなり『クォオン』という音で乗り手にアピールし始める。その折り合いのつけかたが、僕の好みにハマっていたんです」

プロセスにとことん真剣になるからこそ、手に入れた“結果”が満足できるものとなる。それは仕事でもクルマ選びでも同じである。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

英国車に惹かれるその理由

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竹のウッドパネルという革新的でありながら上品な質感に、革張りシートという伝統的な上質感。DB9はインテリアも“英国車”好きの高松さんの心をとらえて放さない。
電通入社後、高松さんはそれまで「速く走るための道具」だと考えていたクルマを「生活や休日を豊かにするためのアイテム」と位置づけた。シトロエンBX、レンジローバー、MG RV8、BMW328iカブリオレ……。数台を乗り継いでいくうちに、生産国の文化の違いをも感じとれるようになっていったという。

「とりわけ、イギリス車はインテリアに特徴がある。レンジローバー、MG、アストンマーティン……、いずれのインテリアもすごく手がかかっていて、ウッドパネルが特徴的だったり、革が贅沢に、しかも上品に使われていたりもする。MG RV8のような比較的小さなクルマでも、レンジローバーのようなゴツイクルマでも、アストンマーティンにも共通する質感がある。その質感が、僕にはすごくヒットしたんでしょうね。」

“英国車”のウッドパネルには、各メーカーの特徴が現れている。高松さんのDB9のウッドパネルは竹でしつらえられている。

「竹のウッドパネルってあまりないですよね。いろいろなクルマを乗り継いでわかったんですが、やはり僕がのめり込めるのは、特徴の濃いクルマ。僕が乗り継いできたクルマはいずれも深く愛せる特徴があったんです。でも唯一BMWだけが例外で、愛していたとは言いづらいかもしれません。一点突破で惚れるという感覚ではなく、「屋根が開く」、「4人乗り」と消去法で条件を絞り込んで選んだ唯一のクルマだったからかもしれません。誤解のないよう言っておきますが、クルマ自体はすごくいいクルマ。でも、いっこうに壊れる兆候がなくて、愛情がなかなか深まらなかった(笑)。今のアストンも、まだ目立った故障はないんですが、『いつか何かあるんじゃないか』という予感はありますね(笑)」

学生時代、大学内の周回道路で愛車トレノを廃車にして以来、トラブル抜きで高松さんと愛車の関係は語れない。初めて輸入車を自分のものにしたシトロエンBXでは青山通りでブレーキオイル漏れを起こし、完全にブレーキが“抜け”てしまう状態に。ハンドブレーキだけで衝突を免れた。次のレンジローバーでは首都高上でステアリングがまったく操縦不能になり、クラッシュ寸前にミリ単位でのブレーキコントロールで切り抜けたことも。さらにMG RV8では走行時に突然ミッションが2速に固定されてしまい、ニュートラルにどうしても入らない事態に。信号の手前でエンストとの恐怖と闘いながら、郊外から都心までの数十㎞という距離を2速固定で走りきるというアクロバティックなドライブも経験した。

「トラブルの多いクルマって、わがままな女の子に似ていますよね。全部70点の女の子よりも、少しわがままなところがあるけど、ふとした拍子にすごくかわいらしい表情をする子っているでしょう? 自分が好きだと思える決定的な何かがある方が惹きつけられる。男ってそういう生き物ですよね(笑)」

日常に潜む非日常、常軌の影の狂気……、数え上げればきりがない。男とは、どれほど“性悪”だと言われようとも、そこに潜む魔性に惹きつけられる生き物なのだ。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

もう「ヒール・アンド・トゥ」はしていません

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DB9のアクセル&ブレーキは「ヒール・アンド・トゥ」というやんちゃな踏まれ方をすることはない。ちなみに「ヒール・アンド・トゥ」とは右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを踏み、エンジンの回転数をコントロールする高等ドライブテクニック。
現在、アストンマーティンDB9とミニという2台を乗りわけている高松さんが、クルマと付き合うようになったのは18歳のとき。最初に手に入れたクルマは、当時人気だったTOYOTAのスプリンター・トレノだった。

「最初に手に入れたのはTE72型という、“あのトレノ”の前の型式ですね。免許を取得したのは大学入学直後だったんですが、何しろ当時通っていた筑波大学というのは学校の敷地がめちゃくちゃ広い。校舎間を移動するのにすら、クルマかバイクが欲しくなる。そこで中古のトレノを手に入れたんです。ところが、いいのか悪いのか学内に周回道路があった上に、当時学内には『速くなければ男じゃない』というような風潮もあった。そこで走りの楽しさを覚えてしまったんです。それこそ毎日ヒール・アンド・トゥの世界ですよ(笑)」

当時、高松さんが乗っていたのはトレノのマニュアル車。学内の周回道路でコーナーを上手に旋回したときには悦に入った。土日には筑波山に出かけたり、筑波サーキットへスポーツ走行に出かけるようにもなった。

「学内の名物コーナー『一の矢コーナー』でクラッシュして、最初のトレノ、TE72型は廃車にしてしまい、AE86――いわゆる“ハチロク”に乗り換えて、走ることを楽しんでいました。でも卒業して電通という広告代理店に就職したら、ドライブ自体を楽しめるほどのゆとりはなくなってしまった。そこで、『クルマの魅力とは何だろう』と改めて考え直してみたんです。それまでの僕にとっては、速く走ることがクルマの価値の大半を占めていた。でもきっとクルマには違う楽しみもあるはずだと考えたんです。といっても、その後自分がクルマの屋根に自転車を積んで、キャンプやバーベキューに行くような人になるとは思いもしませんでしたが(笑)」

電通入社後の高松さんは学生時代からハンドルを逆に切り、シトロエンBXやレンジローバーなどの、現在で言うSUVを乗り継ぐことになっていく。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

その人気はアストンマーティンをも凌ぐ!?

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寄って見ても、引いて見ても、あまりにも目立つエクステリア。女子高生に取り囲まれるのもうなずけるペイントだ。
アートディレクターの野田凪さんから、クルマに込められた物語とともにミニを譲り受けた高松さん。「自分にはちょっと派手過ぎるかも」と苦笑するが、最近では街乗りにミニで出かけることも多いという。

「野田さんからお話を頂いたタイミングも良かったんです。DB9は大好きなんですが、仰々しいルックスをしている上に、ちょっとした段差でもフロントを擦ってしまうほどに車高が低い。つまり身動きがとりにくいクルマなんです。それもあって気軽に乗り回せるクルマがほしかったという面もありますね。ミニとアストンマーティンは、同じ英国という香りを身にまとっていながら、その位置づけは180度違異なります。つまりそれは両極の間にある幅を愉しめるということでもある。もっともさすがにこのペイントは繁華街で乗り降りすると、気恥ずかしくなることもありますけど」

ド派手な配色とペイントのパターン。確かにこのミニを見て、目が止まらない人はいないはずだ。

「ある意味、アストンに乗っているときよりも遙かに注目されますね。DB9に乗っていると外国人やクルマ好きな男の子だけが『あ! DB9かな!?』というような振り向き方をするんですが、ミニはみんなの注目を浴びる。交差点で止まると、小学生からお年寄りまで道行く人がクスッとほほえんだり、時には指を指して笑いながら通り過ぎていく。渋谷あたりのパーキングメーターに停めて買い物から戻ってくると、だいたい女子高生がケータイでパシャパシャ撮影しています(笑)」

そこで颯爽とオーナー登場!? それはなかなかに格好よさそう……。

「いや、ひっそりと物陰から見ています。きっと彼女たちは、かっこいい女性やモデルのような男性が持ち主だと想像しているんじゃないかな。そこに、こんなオッサンが出て行って夢を壊しちゃいけないでしょう。見物人が去ってからこっそり乗り込むことにしています。がっかりされたりするとなんだか悲しいですしね(笑)」

と笑いながら語る高松さん。そこにある繊細な気配りは、徹底的に考え抜かれた末に表現される広告表現というコミュニケーションにも似ている。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

そのミニに隠されていた物語

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2004年のオークションから3年以上が経過しているというのに、まだ走行距離は900km。そのほとんどは高松さんのドライブによるものだ。
高松さんが「最近、セカンドカーとしてよく乗っている」のは、この衝撃的なペイントのミニ。実はこのミニ、友人でもあるアートディレクターの野田凪さんから譲り受けたものなのだという。

「このミニは、2004年に行われた森美術館のオープン1周年チャリティ・オークションに出品されて野田さんが落札したもの。ところが彼女、実は免許を持っていなかった。忙しくて免許とれないまま3年が経過してしまい、車検の時期になってしまったというんです。僕のところにこのミニが来たとき、走行距離はまだ100kmにも届いていませんでした(笑)」

2004年のオークションで野田凪さんが落札したのは、アーティストの中村哲也さんがデザインした黄色と黒の“スパイダーハニカム”パターンがペイントされたミニ。六角形を意味する“ハニカム”の連続パターンからは、見方によって異なる模様が浮かび上がってくる。

「ある距離で見ると『蜘蛛』。近づいて見ると『唇+ハート』という非常に面白いデザインですよね。ただ、譲ってもらうことになった大きな理由は、デザインもさることながら野田さんが『譲るなら、よく知る誰かに譲りたい』と僕を候補に挙げてくれたこと。そしてそもそものチャリティ・オークションの性格によるところもありました。」

2004年に行われたそのオークションの売り上げはJAHDS(人道目的の地雷除去支援の会)などに寄付された。9・11テロの後、「宇宙から地球を見たとき、国境線はない」というテーマで日清カップヌードルのCM、『NO BORDER』キャンペーンを提案した高松さんにとって、このミニは「クリエイターによるデザイン・ミニ」という以上の価値があった。

「『NO BORDER』キャンペーン当時の取材で、国境線――“BORDER”近くには、まだまだ数多くの地雷が埋められていることを実感したんです。現地に行くと地雷で手足を失った人がいる。それを目の当たりにして『境界線なんかいらない』という『NO BORDER』への思いは強くなりました。野田さんからお話をいただいたとき、間接的にでもチャリティに参加するような、関われるような気がして譲り受けることにしたんです」

高松さんは、運命の糸に導かれるようにして、このミニと出会ったのだ。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

クリエイティブなクルマ選び。その条件

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「もう1台普段使いしているイギリスらしいクルマ」のボンネット。エンブレムをよく見てみると……。しかし、このペイントは!?
高松さんが「我が道を行く」イギリス車に惹かれるのには、自身の仕事ぶりとも関係があるという。

「広告業界で言うクリエイティブ職、つまりコピーライターやCMのプランナーという職業の人は、純粋培養された人が多い。入社以来毎日「CMプラン10本」、「コピー100本」というトレーニングを積んでいる専門職なんです。ところが、僕の場合はまったく逆で、10年以上営業職としてキャリアを積んだ後に、クリエイティブに転身した。だからこそ、専門職の人とは違う発想ができるのかもしれませんが、その一方でそうした伝統的な手法、純粋な手法への憧れも強い。自分にはないものへのコンプレックスなのかもしれません。だからこそ、アストンマーティンやレンジローバーのようなひとつの世界観を大切にずっと磨き続けているクルマに魅力を感じるのかもしれませんね」

イギリス車に憧れる高松さん。斬新なアイディアを次々に実現するそのアンテナは全方位的に高感度である。時には、最新のテクノロジーを詰め込んだGT-Rや、ラグジュアリーな快適さを追求したLEXUSのようなクルマに惹かれることもあるという。

「ただし、実際に手に入れるところまで行くクルマとなると、やはりイギリスの香りがするものが多い。多分、自分なりに条件があるんでしょうね。例えば、長きにわたる歴史のなかでそのクルマらしさが確立されていること。そして際だった特徴があること……。そうなるとどうしてもイギリス車に惹かれてしまう。実は最近、もう1台普段使いしているのもイギリスらしいクルマなんです。もっとも、ペイントを見ると英国トラディショナルというより、アバンギャルドという方がしっくり来るクルマなんですが(笑)」

それは、友人でもある野田凪さんから譲り受けた「3年落ちなのに、新車同然だったクルマ」。なんと名義変更時の走行距離は100kmにも満たなかったという。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

手に入れたのは“生粋”という香り

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「斜め後ろから見たときのフォルムがお気に入り」という高松さんだが、改めて見返してもらったところ「真後ろもいい」と愛車DB9にぞっこんのよう。
遂に幼少時からの夢である、DB9を手に入れた高松さん。2006年に入手することになったのには、憧れだった“ボンドカー”という以外にもいくつかの理由がある。

「アストンには、ずっと乗りたかったけど、一方で『きっと無理だろうな』とも思っていたんです。それが巡り合わせもあって、少し無理をすれば手に入れられる状況になった。しかも、今、世界の自動車マーケットは再編が急で、いつどのメーカーにどこの資本が入るかわからない。そう考えると、いつまでアストンマーティンがアストンマーティンらしくいられるか……。もしかすると「DB9が最後の『らしい』アストンマーティンになってしまうかも」という予感めいたものを感じたんです」

アストンマーティンというクルマには、純血種の香りがある。高松さん曰くそれは「家内制手工業的な匂い」だという。高松さんがこれまで乗り継いできたクルマは、レンジローバーやMG・RV8などイギリス車が多い。その不器用さに高松さんは惹かれるという。

「アストンマーティンにもフォードの資本が入ったり、いろいろありましたがプロダクトとしての方向性がすごくはっきりしていて、どんな資本が入ったとしても変わらない世界観がある。それは0→100mの加速性能とか馬力というようなものではなく、『アストンマーティンとはこうあるべきだ』という矜持のようなもの。イギリス車にはプロダクトとしてはっきりした特徴がある。レンジローバーにしてもMGにしても、独特の『らしさ』を持っていますよね」

かたくななまでに「らしさ」を維持する。その姿勢こそが、アストンマーティンらしさであり、高松さんに愛されるゆえんでもあるのだ。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

「運転している」実感を求めて

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時計回りの方向に動くスピードメーターと、逆方向にふれるタコメーター。両メーターの動きは、シンメトリーのようでいて実は違うという不可思議な世界がある。ハンドル周りのパドルシフトも、「運転している実感」を演出する。
『007』シリーズでは、初代ボンドカーのアストンマーティン以降、トヨタ2000GT、ロータス・エスプリ、BMW Z3など、その時々の先端のクルマがボンドカーとして選ばれたが、21世紀になり、ボンドカーの座はアストンマーティンに戻ってくることになった。

「やはり僕にとってのボンドカーといえば、アストンマーティン。1977年に公開された『私を愛したスパイ』当時は『海に潜るロータス・エスプリもいいな』と浮気心を刺激されたり、1995年の『ゴールデン・アイ』では『BMWがボンドカーはちょっと?』とかいろいろ思ったものですが、20作目の『ダイ・アナザー・デイ』でボンドカーがアストンのヴァンキッシュになるという話を聞いたときには、『やっぱり、ボンドカーはアストンマーティンだよなぁ』とうれしくなりましたね」

高松さんは、ボンドカーについて語り始めると止まらないほどの熱烈なボンドフリークであり、アストンマーティンフリーク。ただし、気鋭のクリエイターとして、常に最前線を走っているだけに、多忙な毎日を送っている。念願のアストンマーティンDB9を手に入れたものの、現在なかなか乗る機会がないのが悩ましいともいう。愛車に乗るのは、自宅から職場までの通勤ルートに終始してしまってるのだとか。

「本当はもっと遠乗りしたり、純粋に走りを楽しみに出かけたいんだけど、なかなか時間が取れないんですよね。でも、DB9だと『運転している』という濃密な実感を得ることができる。片道数kmという道のりですが、わずかな時間だからこそなおさら運転している実感がほしいんです」

濃密な時間をともに過ごすことができるパートナー。高松さんにとってのアストンマーティンDB9とはそういう相手なのだ。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken

ボンドカーに憧れて

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全体のフォルムはもちろん、ドアノブ部分までも徹底してデザインされたDB9。まさに21世紀の香りのする“ボンドカー”だ。
青いポカリスエットの缶が宇宙ステーション内でクルクルと回転するCMや、SFアニメーションが印象的な日清カップヌードルの『FREEDOM-PROJECT』。広告という枠組みを遙かに超えて、さまざまな仕掛けを繰り出すクリエイティブ・ディレクターの高松聡さんが駆る愛車はアストンマーティンDB9。シルバーのボディは、まるで宇宙船のようなまばゆい輝きを放っている。

「確かに手に入れるとき、宇宙にまつわる仕事が多いことも多少は意識しましたね。見た目で言えば、つるんとした質感にシルバーの輝き。ちょっとレトロな“スペース感”がありますよね」

ただし、高松さんは“狙って”アストンマーティン・DB9というクルマを選択したわけではない。幼少時からずっと憧れてきたクルマをようやく手にすることができたのだ。

「僕がアストンマーティンに憧れるようになった直接のきっかけは、映画『007』シリーズに登場したボンドカー。僕が生まれたのは、ちょうどシリーズ第一作の『ドクター・ノオ』が公開された年でした。もちろん1963年に0歳児だった僕がリアルタイムで見ているわけもないんですが、物心つく頃には人気の『007』のショーン・コネリーに憧れる、少しませた子どもでした」

高松少年が憧れたのはシリーズ中『ゴールドフィンガー』、『サンダーボール作戦』でボンドカーとして登場したアストンマーティンDB5。スクリーンの中に登場するDB5は、マシンガンや煙幕発生装置など様々な機材が搭載されていた、当時の少年たちの憧れのクルマだった。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken