記憶に刻み込まれた1台
電話一本でフォルクスワーゲン“ビートル”を購入した町田さん。それは車がぜいたく品だった1973年のこと、しかも当時の町田さんはまだ22歳だった。
「原体験は小さな頃までさかのぼるんです。幼稚園の頃だから、昭和30年――1955年頃かな。近所に黒いワーゲンに乗っているおじいさんがいてね。当時は車といえば四角い箱型が当たり前だったから、あの丸いシェイプに衝撃を受けて憧れるようになったんです」
フォルクスワーゲンが日本で正式に取り扱いを始めたのは1950年代に入ってから。ビートル――カブト虫と言われた、見慣れぬシェイプは当時の日本人に衝撃を与え、小学生だった町田さんの心に深く刻み込まれる一台となった。
「その頃からずっと『買うならワーゲン』だと決めていたんです。だからヤナセに電話注文を入れるときには迷いはありませんでした。といっても、決断する前には揺らいだ瞬間もあったんですが(笑)。当時、西武自動車が扱っていたシトロエンの2CVやボルボもカッコ良く見えたんです。ちなみに、当時ボルボは帝人との合弁会社だった帝人ボルボという会社が扱っていましたね。とにかくすごくカッコ良く見えた(笑)。ただ2CVやボルボは高くてね。当時の価格で2CVは120万円くらい、ボルボはさらに高かった。学生の身で親に買ってもらう立場としてはとても切り出せませんでした」
決めていたとは言いつつ、他の車も視野に入ってくる。車を購入するときに誰もが経験する楽しい迷いだ。すらすらと町田さんの口をつく当時の輸入車事情。その言葉の価値は単なるウンチクにはとどまらない。日本が経済大国として発展していく過程の記憶であり、当時の風景を想起させる貴重な資料でもある。






