心に響く声
「34歳という年齢を考えると、他の球団と交渉し、話を聞くことができるチャンスは今回しかなかった。宣言せずに後悔したくなかったんです」
手を挙げた球団は阪神タイガース。三浦選手は関西・奈良県の生まれ。父親は岡田彰布・阪神前監督の後援会に入っていたという。その阪神がこの年のオフ、FAによる補強の目玉として三浦選手に目をつけた。阪神球団関係者からは、マスコットであるトラッキーを「リーゼントにしてでも欲しい」という言葉も飛び出した。
三浦選手はFA宣言してからも「移籍か残留かは、五分五分」として、横浜、阪神と数度の交渉を重ね、自ら設定した期限の11月いっぱいまで悩み抜くことにした。そして11月30日、その結論を発表するため記者会見の席についた。その口から語られたのは次のような言葉だった。
「来年も横浜でしっかりプレーします。チームの優勝しか考えていない」
三浦選手は、少しの時間があれば携帯電話からブログを書き込み、ファンからのコメントにもすべて目を通す。ブログには、FA宣言後「阪神に行かないで」、「最後まで“ハマの番長”でいてくれ!」など残留を望むファンの声が絶え間なく書き込まれた。FA宣言後に行われた横浜のファン感謝デーで、ファンは三浦選手の周囲に殺到し、口々に残留を訴えかけた。そんなファンの声が三浦選手の心に響いた。
会見で残留の決め手を聞かれた三浦選手は「横浜が好きだからです」と答えた。2009年シーズンのユニフォームの色は決まった。あとはファンの思いを胸に、マウンドで結果を出すだけだ。


