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20代は助手席専門でした

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機材車・ツアー車としても活躍するグランドボイジャー。その存在感はサイズに比例する。都内の狭い路地沿いにあるリハーサルスタジオには乗り入れられないことも
20代でコルベットに魅せられた恩田さん。当時から「バンドのツアーで、クルマにはたくさん乗っていた」というが、まだ免許は持っていなかったという。

「当時はもっぱら助手席専門でした。80年代だからJACKS'N' JOKER というバンドをやっていた頃かな。10代で大阪でPRESENCEというバンドを始めて以来、ツアーといえばハイエースだったんですよ。メンバーと機材を積み込んで、僕は助手席で地図を持って、『あ、そこの角右ね』と指示出し役をしていました。その甲斐あってか、現在でも全国のライブハウスへの道順はほとんど覚えています(笑)」

最近でもHOT ROD CRUEでのツアーなどは、クルマで地方に向かうこともあるという。

「JUDY AND MARY時代はやっぱり新幹線とか飛行機で移動していたんですが、やっぱりツアーにクルマで出かけるって、すごく愉しいんですよ。『あーオレ、いまバンドやってるなぁ』としみじみしてします」

ツアーとなれば、巨大なアンプやスピーカーなどの機材も大量に積んでいくことになる。コルベットには、文字通り荷が重い。実は恩田さん、コルベットの他に機材車としてグランドボイジャーなども所有している。

「以前、'97年式のボイジャーを買ったんですが、ツアーとなるとアンプやスピーカーなど尋常じゃなく荷物を積み込むからすごく重くて、スピードに乗ると止まらないんです。一度、普通なら止まるはずのところで止まらないから、『ヤバイ!』とブレーキを踏み込んだら、後ろの荷物が前列の方に雪崩を起こしかけている。ギリギリのところで救出しましたが、危うくメインで使っているベースが下敷きになるところでした。調べてみると、当時のボイジャーはまだ後輪がドラムブレーキだったんです。普通の方ならいいんでしょうが、僕のようにやたらと重い荷物を積む人は、4輪ディスクじゃないと厳しい。料金所で5mくらい行きすぎてバックしたこともあります(笑)」

使い倒しているからこそわかるようになってきた、愛車のディテール。その後、恩田さんは2000年以降に発売された4輪ディスクのボイジャーに乗り換えた。

「それでも重すぎるのか、なかなか止まってくれないんですけどね(笑)」

そしていよいよ次回からは、マジョーラカラーがほどこされたコルベットのEDGEに触れていく。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・佐々木朋広 Photos/SASAKI Tomohiro
恩田快人 シボレー・コルベット C3
  • profile
  • 恩田快人 シボレー・コルベット C3
  • 1987年PRESENCEでデビュー。その後、JACKS’N’ JOKERを経て、1992年に結成したJUDY AND MARYではメガヒットを連発。 現在、’80年代アメリカンハードロックのカヴァーバンド、HOT ROD CRUEでリーダーをつとめるかたわら、若手アーティストのプロデュース等も行う。
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