ノーズの長いクルマが好きだったんです
「ずっと親父が自動車関連の仕事をしていたんです。僕が小さい頃は修理工場かどこかに勤めていて、その後日産の営業マンに。僕が高校生になる頃にはトラックやバス、輸入車なんかの中古車販売で生計を立てていましたね」
父も母もそれぞれ違うクルマに乗るという1人1台制で、周囲にはいつもクルマがあった。江川少年の憧れのクルマはフェアレディZ。大学進学時には、目の前に“撒き餌”としてぶら下げられたことも。
「クルマ――とくにトラックはたくさんあったけど、家はその台数ほどに裕福というわけじゃなかったから、受験は国立一本に絞っていたんです。すると親父が『国立一本で、もし受かったらクルマくらい買ってやる』という。しかも、好きなクルマを買ってくれるという。そりゃあ勉強にも身が入りますよ」
「合格したらフェアレディ!」という一心で机に向かった。見事合格し「やった! フェアレディだ!」と喜んでいると、ある日見慣れないクルマが駐車場に停まっていた。それはノーズの長いフェアレディとは、似てもにつかないクルマだった。
「ジープですよ。JEEP! 愕然としました。だって、フェアレディだと思いこんでいるのに、まさかジープが自分のクルマとして駐車場にあるとは誰も思いませんよね。どれだけイメージが違うのかと。さすがに『フェアレディじゃないの!?』と文句を言ったんですが、親父には『これにしておけ』とけんもほろろにあしらわれた。しかも『普通のクルマは1~2年すると価値が下がる。でもジープは下がらない』という」
当時は第二次オイルショックの直後でガソリン価格が高騰する上、中古の大型商用車を扱う江川家では、軽油ならほとんど入れ放題状態。「ま、いっか」と、あっさり江川少年は陥落してしまう。
「実際大学4年間、ほとんど経費をかけずにクルマを乗り回していました。揚げ句にそのジープ、買値が100万円だったのに、4年後の売値も100万円。結果としては、定期で通うよりも遙かに安上がりでした(笑)」



