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もう「ヒール・アンド・トゥ」はしていません

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DB9のアクセル&ブレーキは「ヒール・アンド・トゥ」というやんちゃな踏まれ方をすることはない。ちなみに「ヒール・アンド・トゥ」とは右足のつま先でブレーキを踏みながらかかとでアクセルを踏み、エンジンの回転数をコントロールする高等ドライブテクニック。
現在、アストンマーティンDB9とミニという2台を乗りわけている高松さんが、クルマと付き合うようになったのは18歳のとき。最初に手に入れたクルマは、当時人気だったTOYOTAのスプリンター・トレノだった。

「最初に手に入れたのはTE72型という、“あのトレノ”の前の型式ですね。免許を取得したのは大学入学直後だったんですが、何しろ当時通っていた筑波大学というのは学校の敷地がめちゃくちゃ広い。校舎間を移動するのにすら、クルマかバイクが欲しくなる。そこで中古のトレノを手に入れたんです。ところが、いいのか悪いのか学内に周回道路があった上に、当時学内には『速くなければ男じゃない』というような風潮もあった。そこで走りの楽しさを覚えてしまったんです。それこそ毎日ヒール・アンド・トゥの世界ですよ(笑)」

当時、高松さんが乗っていたのはトレノのマニュアル車。学内の周回道路でコーナーを上手に旋回したときには悦に入った。土日には筑波山に出かけたり、筑波サーキットへスポーツ走行に出かけるようにもなった。

「学内の名物コーナー『一の矢コーナー』でクラッシュして、最初のトレノ、TE72型は廃車にしてしまい、AE86――いわゆる“ハチロク”に乗り換えて、走ることを楽しんでいました。でも卒業して電通という広告代理店に就職したら、ドライブ自体を楽しめるほどのゆとりはなくなってしまった。そこで、『クルマの魅力とは何だろう』と改めて考え直してみたんです。それまでの僕にとっては、速く走ることがクルマの価値の大半を占めていた。でもきっとクルマには違う楽しみもあるはずだと考えたんです。といっても、その後自分がクルマの屋根に自転車を積んで、キャンプやバーベキューに行くような人になるとは思いもしませんでしたが(笑)」

電通入社後の高松さんは学生時代からハンドルを逆に切り、シトロエンBXやレンジローバーなどの、現在で言うSUVを乗り継ぐことになっていく。
文・松浦達也 text/MATSUURA Tatsuya
写真・北野謙 Photos/KITANO Ken
高松聡 アストンマーティン DB9
  • profile
  • 高松聡 アストンマーティン DB9
  • 1963年生まれ。大手広告代理店で営業職を10年以上つとめた後、クリエイティブ分野へ転身。2005年にクリエイティブエージェンシー・ground、並びに宇宙映像制作会社SPACE FILMSを設立。ポカリスエットの“宇宙CM”や、日清カップヌードル「NO BORDER」、「FREEDOM」キャンペーンなどを手がける。

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