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助手席を巡る物語

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「コレに乗っていると、速く走ろうという気が起こらない。やさしい運転ができるんです」。首都高の事故を減らすプロジェクト「東京スマートドライバー」の発起人でもある小山さんは、自らもレンジローバーでスマートドライビングを実践中だ。
実はこの初代レンジローバー、一度手放してしまったことがある。確かに型式こそ、もう古くなっている。だが、1991年からの思い出がぎゅっと詰まっている。手放した後、日に日に思いは募る。「また乗りたい」と手を尽くして探し出し、買い戻したのだ。

「自分が昔乗っていたレンジローバーに、もう一度乗りたい――そうラジオで呼びかけたら、“私が中古で買いました”という人が長野にいて。でも事故ってフロントがグチャグチャになり、ネットオークションに出してしまった、と……」

落札者は新潟にいた。目的は部品取りだという。連絡してみると、「必要な部品が取れれば、タダであげる」と言われ、すぐさま会いにいった。その人の目当ては助手席。いや、正確に言えば、探していたのは右側のシートだ。運転席がボロボロになり、その代わりを探していたのだという。小山さんが手放したレンジローバーは、左ハンドルで、右側が助手席。当然、助手席のほうがいたみが少ない。新潟の落札者にとっては、このうえなく理想的な1台だったのだが……。

「でも、僕も助手席だけは絶対に譲りたくなかった。助手席こそ、僕の思い出が詰まったパーツなわけですよ。レンジローバー、当時はデートカーとしても大活躍していましたから(笑)」

その助手席に、どんなガールフレンドが座り、どんな思い出が刻まれたことやら。海に山、四季折々の光景……。助手席のシートは、単なるパーツではなかった。それは見るだけで、触るだけで、いや、そこにあるだけで大切な思い出を取り出すことができる魔法のシート。絶対に替えのきかない大切なシートだったのだ。それはさておき、新潟の落札者も、頑として譲らない。そこで小山さんは、なんとか彼の条件に見合う別の中古のレンジローバーを探し出し、その人に譲って一件落着。1991年に買ったレンジローバーが、再び小山さんの手に戻ってきた。いやはや、恐るべき執念……。

再び手に入れてからも、パーツの組み直しと塗装で200万円、さらに再びレストアして200万円、さらにラジオとエアコンを入れて70万円……。思い出の1台を取り戻し、現役として復活させるために、多大な時間と労力、そして500万円近い出費も余儀なくされた。

「ここまで来たら、もう後には戻れませんから(笑)」
文・榎本一生 text/ENOMOTO Issey
写真・佐々木朋広 Photos/SASAKI Tomohiro
小山 薫堂 レンジローバー
  • profile
  • 小山 薫堂 レンジローバー
  • 熊本県出身。1964年6月23日生まれ。放送作家。N35代表、オレンジ・アンド・パートナーズ代表。ラジオのパーソナリティ、雑誌連載、商品開発やプロデュースなど多方面で活躍。首都高の事故を減らすプロジェクト「東京スマートドライバー」の発起人でもある。http://www.n35.co.jp/

Daily EDGE 著名人・有名人のカーライフ|輸入車・外車の中古車情報ならカーセンサーエッジnet:レンジローバーは、人生の調味料である。

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