その瞬間、何が起きたのか
「中国戦の1セット目の前半、僕が相手のスパイクをレシーブして、つなぎに入ったメンバーをよけようとして飛んだときに、バランスを崩し、着地でひねったんです。正確には『どの瞬間』というのはわからないんですが、その一連のプレーのどこかですね。ただ、そのプレーが切れたとき『あ、やっちゃったな……』という違和感はすでにあったんです。ねんざ程度の軽い故障とは痛みの種類が違う感じがありましたね」
実際、試合の映像でも直後に足を気にするような素振りが確認できる。これまで手術をするほど大きなケガとは縁のなかった越川選手だが、中国戦は最後までプレーし通した。ただし、その代償は大きかった。試合後パンパンに膝が腫れ上がり、まともに歩くこともできなかったという。だが、次戦のベネズエラ戦に、越川選手は出場する。一体何がそうさせたのだろう。
「翌日は練習なしで、その次の日がベネズエラ戦。ベネズエラと最終戦のアメリカに勝てば、わずかながら決勝トーナメントに進める可能性があったので、ベネズエラ戦の午前まで判断を待ってもらったんです。当日、トレーナーとドクターには止められましたが、この4年間はオリンピックのために競技をやってきたような面もある。正直『これでバレーができなくなっても構わない』、『歩けなくなってもいい』という覚悟でドクター、トレーナー、監督に直訴したんです。もちろん、最終的な判断は監督にゆだねることになりますが、もし自分が出ることでチームの役に立つなら使ってくれとお願いしたんです」
ベネズエラ戦のコートには越川選手の姿があった。



